最終更新 2020年11月20日
今回はNeurology-Clinical Reasoningの論文です.
多くの先生は,「論文タイトルが非常にネタバレなのでは?」と思ってしまいますが……果たして最終的な診断は…
目次
今回の論文
Clinical Reasoning: A 24-year-old man with head tremor and decreased ceruloplasmin level
Neurology.2020;95:e1906-e1910
DOI: 10.1212/WNL.0000000000010458
PMID: 32753443
Section1
症例提示
25歳男性
18歳から不規則な頭部振戦が始まった.持続時間が数分~数時間程度で,週に数回程度であったが,徐々に悪化し,24歳には持続的となった.
運動や精神的ストレスで悪化し,リラックス時やアルコール摂取時には軽減した.睡眠時には消失した.
振戦の家族歴は否定され,当初は本態性振戦と考えられた.
神経診察
軽度の小脳性構音障害,腱反射亢進,頭部振戦(noーno型),軽度の斜頸,反復拮抗動作障害と軽度の継脚歩行障害が見られた.
頭部振戦の振幅は,左頭部回旋すると悪化し,右回旋すると軽減する.
他の神経所見は正常(眼球運動,指鼻試験や膝脛試験は正常.注視方向性眼振は無い)
Questions
1 本例の振戦をどのように分類するか?
2 どのように追加検査をすべきか?Section2
本例での振戦の分類
本例はその後,局所性の動作性振戦が出現した.振戦は,振幅と周波数が不定で,仰臥位でも持続した.加えてジストニアも認めた.振戦は,ジストニアとは反対方向へ頭部を回旋させると悪化し,ジストニアの方向へ動かすと軽減した.(動画もあり,興味のある方は是非見に行ってみてください)
上記ような頭部振戦の特徴から,ジストニア振戦が示唆される.
軽度の失調を認めたことから,ジストニア-失調症候群(dystonia-ataxia syndrome)と考えた.鑑別疾患,追加検査
ジストニア-失調症候群を呈しうる遺伝子以上は100以上ある(脊髄小脳変性症(SCAs), 常染色体劣性失調症,鉄沈着性脳変性症(無セルロプラスミン血症など), Wilson病, その他).
これらの疾患のうち, Wilson病は治療可能な疾患であるため,特に若年発症では評価すべき疾患である.血清セルロプラスミンを検査し,中等度の低下を認めた(126 mg/L,正常値は210~530 mg/L).
血清銅と尿中銅,血清フェリチンは正常であった.
眼科的診察:Kayser-Fleishcher ringは認めなかった.脳MRI:小脳の軽度萎縮を認めたが,基底核領域の鉄沈着は認めなかった.
尿中銅低下やKayser-Fleishcher ringがなかったが,若年発症の錐体外路徴候とセルロプラスミン低下から Wilson病を疑った.
遺伝子検査
ATP7B遺伝子検査を行ったが,変異を認めなかった.
さらに,CP遺伝子(セルロプラスミンをコードする遺伝子)を検査し,heterozygous mutationを認めた(c.2158C>T,p.Arg720Trp).
患者の父(62歳)が,同じCP遺伝子のheterozygous mutationを認めた.Questions
1. 本例のCP遺伝子のheterozygous mutationは症状の原因であるか?
2. どのような追加情報があると,この変異が病的な変異と判断できるか?Section3
無セルロプラスミン血症について
CP遺伝子の変異が原因で生じる常染色体劣性遺伝の希少疾患である.糖尿病,網膜変性症,神経変性などを呈する特徴がある.血清で無セルロプラスミンとなり,それにより脳や肝臓,膵臓で鉄蓄積が生じる.
低セルロプラスミン血症と神経症状について(過去の報告より)
過去の研究では,CP遺伝子のheterozygous変異で,低セルロプラスミン血症となり,神経症状(多くは小脳症状と錐体外路症状)を呈することが報告されている.同疾患では,血清フェリチンが正常で,糖尿病や網膜変性は生じない.
過去には本例と同じheterozygou変異で失調,右下肢の不随意運動,低セロプラスミン(100mg/dl)を生じた16歳女性が報告されている.その症例の父親は無症候性であったが,低セルロプラスミン血症(130mg/L)を認め,同じ遺伝子変異を保因していた.
本例での家系分析
本例の父親もheterozygous変異があり,セルロプラスミンは低下し(189 mg/dl),フェリチンや血糖は正常であった.神経診察では,軽度の小脳性構音障害,失調症,失調性歩行などの神経所見を認めた.父親はこれまで失調に気づかれていなかった.父親の脳MRIは軽度の少脳萎縮を認めた.
Question
1 本例は低セルロプラスミン血症の診断となるか?
2 次に考慮することは?Section 4
本例は低セルロプラスミン血症の診断となるか?
CP遺伝子のheterozygous mutationで症状を生じた症例の報告は幾つかあるが,その関連性はまだ意見が分かれる.
低セルロプラスミン血症についての10の既報告では,合計26例がCPのheterozygous mutationを認めた.こられの症例で,6例が神経症状を呈し(例:症状症状,錐体外路徴候)
本例での追加検査
父親で失調を認めたか事から,SCAsのSTR解析を行ったが,異常な伸長は認めなかった.本例と父親のさらなる検査として,WESを行い,PRKCG遺伝子のexon5にheterozygous mutation(c.431-457del,p/ Arg144-Asp153delinsHis)を認め,SCA14が示唆された.この変異は,1,000 Genomes Project or the Human Genetic Variation Databaseには見当たらない変異であったが,criteria of Stanfords and Guidekines for the Interpretation of Sequence Variantによると,病的遺伝子らしいと考えられた.
考察
SCA14は稀であり,比較的予後良好なSCAの表現系で,緩徐進行性の失調が特徴であり,PRKCG遺伝子変異で生じる.常染色体優性小脳失調の1%未満を占める.
失調に加えて,ジストニア,振戦,ミオキミア,ミオクローヌスがSCA14で認められている.SCA14では,これらの症状のうち,ジストニアが最もcommonで,特に目立つ症状である.
本例の神経症状の原因
本例は,ジストニア失調症候群と,低セルロプラスミン血症を呈して,CP遺伝子とPRKCG遺伝子の両方にheterozygous mutationを認めた.
ジストニアは多くのSCAsで認められる.また,PPRKCGは主に小脳のプルキンエ細胞で発現しており,その細胞の変性はジストニアに関連すると考えられている.これらのことから,本症例のジストニア失調症状は,PRKCG変異で生じたと考える.
SCA14でセルロプラスミン低下したという報告はない.MRIの定量的評価を用いて,heterozygous CP mutation保因者は,無症候性であるものの,脳に過度の鉄沈着が見られることが報告されている.本例の低セルロプラスミンはCP遺伝子heterozygous変異が原因と考えたが,その変異はどのジストニア失調症状にどの程度影響したかは不明である.
過去のCP遺伝子heterozygous変異が原因と考えられた症候性低セルロプラスミン血症では,明らかにはされていない追加の遺伝子素因が存在する可能性がある.神経症状を呈したCP遺伝子heterozygous変異では徹底的な遺伝子検査で必要である.
本例で示されたように,遺伝子検査の選択戦略も重要である.WESとSTR解析を合わせるべきである.WESはリピート病の検出はできない.WESを施行された場合あるいは他疾患を綿密に除外しでも,臨床的スペクトラムを拡大させる新規のgenotype-phenotype相関性に関しては慎重に行うべきである.
論文を読んだ感想
非常に参考になった症例でした.確かに,低セルロプラスミン血症とCP遺伝子の変異もあるため,それだけを見ると低セルロプラスミン血症と診断したくなります…というより,読んでいて途中まで,完全に低セルロプラスミン血症の診断と思っていました(さらに言うと,タイトルを読んだ時点で「もうネタバレしているのでは?」と思ってました.いい意味で予想を裏切られました).
遺伝子変異の解釈の難しさを感じました.論文中にもあったように,遺伝性失調症を生じる遺伝子変異は近年非常に進歩してきている分野と思います.なかなかWESやNGSといった遺伝子検査は日常診療では行いにくい実情ではあり……今後の検査の普及に期待したいです.
本論文の備忘録
・低セルロプラスミン血症での神経症状の原因解釈は慎重に.
・遺伝子検査は検査特性を考える.