最終更新 2020年11月12日
今回は急性健忘症に関するレビュー論文です.
どちらかと言うと,急性の健忘で受診するケースは少ないように感じます.少ないからこそ,鑑別はどのようにするのか,忘れてしまったり,戸惑ったりしてしまったりします.
今回はレビューがあったので,総復習として読んでみました.総復習と言いつつも知らなかった知識もちらほら…
目次
今回の論文
Acute amnestic syndromes
J Neurol Sci. 2020 Jun 15;413:116781.
DOI: 10.1016/j.jns.2020.116781.
PMID: 32203745
※論文内には,記憶に関する総論的知識も短く記載されていましたが,疾患各論が知りたかったので,今回は省略しました.
一過性全健忘 (transient global amnesia:TGA)
疫学・臨床的特徴
突然発症で,24時間以内に改善する.他の神経兆候は伴わない.
10万人あたり,3.4〜10.4人/年.50歳以上に限ると10万人あたり23.5人/年.男女差はない.1985年にCaplanが初めて診断基準を提唱し,1990年にHodgeが改定した.
前方性健忘に加えて,繰り返し質問する様子が見られる(例:「何が起きている?」「ここはどこ?」「ここで何をしている?」など).
逆行性健忘は目立たないが,症例によっては,最近の記憶を一時的に忘れることもある.
多くの自伝的記憶は保たれる.特に意味記憶は保たれる.HodgeによるTGA診断基準
・前向性健忘が目撃される
・意識障害や自己認識障害がない
・認知機能障害が健忘に限局する
・巣症状がない,てんかん症状がない
・直近の頭部外傷や痙攣がない
・症状が24時間以内に改善する
・軽度の自律神経症状(頭痛,嘔気,めまい)が,急性期に併存する.病態機序
様々な病体機序が考えられる.
片頭痛のような皮質のspreading depressionが生じることが原因の一つと考えられる(TGAの多くで片頭痛を持っていることも関連性を示唆する).
他の機序としとは,頚静脈反射による海馬のうっ滞で虚血が生じることである.TGAの50〜90%がValsalva手技(嘔吐,重度の咳き込みなど),あるいは交感神経緊張と末梢から中枢への静脈volume偏在化(身体運動,性交渉,感情ストレス,冷水に浸かる,など)が関与する.
いくつかの研究では,TGA症例は健常者と比べて,ドップラーエコーの頸静脈逆行性フローが有意に増加していることを報告しており,このことも上記の機序を支持する.
検査
MRIは主に他の鑑別疾患除外に役立つ.典型的には,DWIで海馬外側(area CA1優位)に1つ以上の微小な拡散障害を認める.3Tの高解像度で48-72時間後に撮影した場合のMRIの感度は85%である.
通常,血液検査には異常がないが,いくつかの研究では白血球増多や電解質異常などが見られるとされる.
予後
予後は良好.再発は2.9〜23.8%と幅がある.明らかな再発因子は特定されていないが,偏頭痛患者は再発しやすい.
一回のTGAイベントは認知機能障害や脳卒中やてんかんなどのリスクにはならないため,予防薬は不要である.
一過性てんかん性健忘(Transient epileptic amnesia:TEA)
一過性の健忘を繰り返す側頭葉てんかんの病型で,認知機能障害は伴わない.稀である.
中央年齢は60代.若干の男性優位.
臨床的特徴
特徴としては,TGAより前向性健忘の持続が短く(1時間以内),当然のことであるが再発しやすい.
いくつかの報告によると,朝の時間帯で生じやすい(70%).
一過性全健忘のような健忘中の反復的な動作(反復的質問)は30~70%でみられる.
発作期のことを思い出せることがある(30%).多くの症例では,経過中に他のてんかん症状を伴うが,17〜28%でTEAイベント単独で生じる.uncinate seizureや,口部自動症,epigastric aura,Deja vu,contact ruptures,他の内側側頭葉てんかんの特徴などが無いか症状を確認することが重要である.二次性全般かは稀である4~10%.
TEAの大部分は,発作間欠期の記憶障害(エピソード記憶優位),自伝的記憶障害,視空間記憶障害なども伴う.
検査
脳波検査でてんかん性の活動を確認することが診断に必須であるが,ルーチンの検査では30〜43%が正常である.
最も多い異常は,発作間欠期の側頭葉のてんかん所見である.50%以上で両側性にみられる.脳MRIでは,正常か軽微な異常であり,他疾患の除外が主である.しかし,症例によっては海馬の萎縮を認めることや(8%),functional MRIで海馬や右側頭葉内側領域での代謝低下を認めることがある.
18-FDG-PETでは側頭葉と前頭葉の代謝低下を認めることがあり,記憶の保持に関与する海馬-新皮質の連絡に異常が生じていることを反映していると考えられる.
治療
抗てんかん薬はてんかん性健忘や他のてんかん発作型にも有用である.
薬の選択は年齢や薬の副作用リスクなどから判断する.しかし,多くの場合,ラモトリギンやレベチラセタムが処方される.抗てんかん薬に抵抗性の場合,長期的に認知機能障害のハイリスクかどうかはまだ分かっていない.
TEAの診断基準
・一過性健忘エピソードを繰り返し目撃される
・健忘エピソード中は,健忘以外の認知機能障害を伴わない
・てんかんの診断は下記の1個異常で診断する
a) 脳波でてんかん性の異常を認める
b) 他のてんかん性な臨床的特徴を伴う(口部自動症,幻嗅,Déjà vu)
c) 抗てんかん薬で明確な反応あり脳卒中性健忘
戦略的脳卒中では,梗塞サイズは小さいが,重大な認知機能障害や行動障害を生じうる.
臨床的特徴
全脳卒中の1%で一過性あるいは永続的な急性健忘を生じる.
典型的には,前向性健忘である.健忘単独のことや他の精神神経症状(遂行機能障害や軽度の健忘性失語)を伴うこともある.
半数以上では,持続時間が24時間以内である.そのためTGAと間違われることがある.
脳卒中性健忘の場合,精神的・身体的ストレスなどの誘引がなく,高齢で血管リスクがある.しかし,50%では血管リスクが無く,TGAと区別することが困難である.その場合,脳MRI(FLAIRとDWI)が急性期脳卒中の検出に必要となる.
戦略的脳卒中で多い病態機序は,心原性塞栓症である(>50%).後方循環系が障害されやすい(90%).通常,Papetz回路(特に海馬や視床)が障害される.
いくつかの症例では,記憶に関連する領域に病変を認めず,代わりに前方循環や後方循環系に多発微小梗塞を認めることがある.
治療
血栓溶解療法のエビデンスは確立していない.しかし,健忘が長期間続く可能性があるため,DWIで病巣を認めた場合は超急性期梗塞では治療を検討する必要がある.また,全例で,病態機序に応じた再発予防役と血管リスク管理を行う必要がある.
解離性健忘
臨床的特徴・疫学
解離性健忘は,単独の症状あるいは,他の精神症状の一部分症としてみられる.
有病率は0.2~7.3%.発症平均年齢は20~40代とされる.男女比は同程度.
臨床的には,急性発症の逆行性健忘がみられ,自叙伝的エピソード記憶が障害される.様々な程度にpersonal identityも失われる.通常,前行性健忘は伴わない.
健忘する記憶は,トラウマティックイベントに関した記憶を健忘する場合(circumscribed)や,全生活史健忘(generalized)となるもある.
症例によっては症状に対して強い苦痛を感じるが,他の症例は,あまり不安を呈さない(la belle indifférenceとして知られる).
通常,トラウマティック(身体的,精神的)な誘引が先行する.
過去に精神疾患(パーソナリティ障害,不安症,うつ病,薬物乱用など)を罹患していることも多い.自叙伝的記憶は解剖学的に多巣性に分布しているため,局在的な病変で自叙伝的記憶障害が単独で生じることは非常に稀である.
病態機序
現在考えられている病態機序としては,トラウマティックな出来事が,前頭前野の遂行機能障害を生じ,自叙伝的エピソード記憶の再生が妨げられるとされる.
ストレスホルモンが記憶システムに影響を与えていると推測される.18FDG-PETは,inferolateral and anterior temporal prefrontal cortexが優位に,右前頭側頭領域での代謝低下が認められる.
診断・検査・治療
他の神経症状を伴わず,健忘単独を呈する.そのため,臨床的な診断が重要である.
患者の不安を煽るような不要な検査を避けることが重要である.さらに,不要な検査のより,神経学的異常と間違われやすくなり,トラウマとなる出来事と健忘との関係性が不明確になりやすくなる.
患者教育が重要であり,精神的評価を行うことが推奨される.
今の所,エビデンスに基づいた治療はない.そのため,併存疾患の治療を中心に行う.時に,解離性健忘は自然寛解するが,症例によっては慢性に経過したり,悪化することがある.最大40%で再発する.
外傷後健忘(Post-traumatic amnesia:PTA)
臨床的特徴
外傷性脳損傷後に前向性健忘が生じることがある.軽度であるが,逆行性健忘も併存することがある.
通常,脳震盪後症候群の一部分として生じる.精神運動興奮や,不安,イライラ感,情緒不安定性,睡眠覚醒サイクルの変化,頭痛,めまい,光過敏,倦怠感なども伴う.
受傷から見当識や健忘が改善するまでは少なくとも3日かかる.
病態機序
びまん性な軸索損傷が様々な程度で生じることが病態と考えられている.
拡散テンソル画像(DTI)では,前頭部から前頭前部での拡散異方性の上昇が見られる.加えて,脳MRIでのfunctional studyでは,右半球での注意ネットワークの活動低下が見られる.
予後
PTAの改善は,緩徐で数分から数ヶ月,時に年単位の時間を要する.
通常,健忘は見当識よりも先に改善する.スポーツ関連PTAは,自動車外傷や転落,暴行によるPTAよりも予後が良い.
訴訟,慢性疼痛,睡眠障害,精神症状はTBIの予後不良因子である.外傷が中等度~重度であった場合は長期間の認知機能後遺症,神経行動学的後遺症のリスクが上がる.
自己免疫性脳炎
様々な神経エピトープに対する自己抗体と関連する.
多い臨床症状としては,異常行動,精神症状,痙攣,不随意運動,認知機能障害などである.健忘も認知機能症状の一つであり,通常,亜急性に生じる.
多くの症例では,海馬を中心に辺縁系が障害されるため,エピソード記憶が障害される.エピソード記憶障害に加えて,ワーキングメモリーの障害もよくみられる.
アルコール関連健忘,Korsacoff-Wernicke症候群
アルコールによる急性健忘
過度のアルコール摂取により,一過性の前向性健忘が生じる.
アルコール性ブラックアウト(alcoholic blackout)として認知されている(定義上は意識や注意力の低下による健忘ではない).健忘が完全かつ永続的な場合は,”en bloc blackout”と呼ばれる.
手がかりを元に思い出せるような部分的な健忘の場合は,”fragmentary blackout”と呼ばれる.アルコール飲料を飲む人の約50%で1回以上,上記のエピソードを経験する.急速なアルコール血中濃度上昇(~200~300mg/dL)は,NMDA受容体活動を刺激し,海馬CA1でのGABA-A反応を高め,エピソード記憶形成を阻害する.
同様にアルコールは記憶を思い出すのに悪影響があり,様々な程度の逆行性健忘を生じる.
Korsacoff-Wernicke症候群
慢性のアルコール乱用は栄養障害とも関連する.ビタミンB1欠乏は,Wernicke-Korsacoff症候群を生じうる.
Wernicke脳症では,脳症,眼球運動障害,急性/亜急性の失調症などを生じる.
慢性アルコール中毒者では最大80%でKorsacoff症候群を生じ,健忘(前向性あるいは逆行性),アパシー,作話を生じるが,他の認知機能障害は伴わない.
MRIのFLAIR/T2強調画像で,円蓋部,間脳(視床内側,乳頭体),第三脳室周囲・中脳水道周囲などが高信号を呈する.これらの所見は非常に特異的ではあるが,50%の症例でしか見られない.
治療としてチアミン補充を行う.予後は通常不良で,十分な改善は稀である.
中毒性/代謝性健忘
精神活性薬物の使用は,健忘と関連する.患者によっては,急性の前向性健忘を呈する.
主に,若年者の違法薬物,オピオイド,コカインなどの乱用者で生じる.殆どの症例で記憶障害は一過性であるが,月単位あるいは年単位で続くこともある.
多くの患者は見当識障害や遂行機能障害,種々の感覚障害を呈する.
時に,MRIで左右対称性の両側性海馬病変を認める.
論文を読んだ感想
急性健忘を生じる疾患は様々あるのですね.すぐに一過性全健忘と決めずに漏れなく病歴と診察を行い,検査も考慮すべきですね.
参考まで
以前,TGAの後ろ向き研究の論文を取り上げています.よろしければ御覧ください.