最終更新 2021年2月1日
またしても少し前のClinical reasoningです.
今回初めて読んだももだと思っていたら,後半に自分のメモ書きが書いてあり,「前に読んでる!」と驚愕しました.
学習と忘却……永遠の戦いです. やはりアウトプットしないと定着しませんね.
本例は答えが分かってしまえば簡単ですが,診断の過程でちょっとした落とし穴があります.自分なら穴にはまって診断に迷いが生じるかもしれません…勉強になりました.
目次
今回の論文
Clinical Reasoning: A 17-year-old baseball player with right hand weakness
Neurology.2019 Jan 1;92(1):e76-e80.
PMID: 30584084
DOI: 10.1212/WNL.0000000000006693
Section 1
症例:17歳男性 野球選手
2年前から,動作時や重いものを持ち上げた際に右肘外側の痛みを感じるようになった.
その後4ヶ月感は安静と理学療法を行い,野球は中断した.
しかし,徐々に右手が握りにくくなり,手の筋力は進行性に弱くなった.次第に,肘を繰り返し曲げることで,前腕に放散するしびれを生じるようになった.
頚部痛,膀胱直腸症状,筋痙攣などはない.
先行する外傷や感染,ワクチン接種はない.[診察所見]
右小指の内転,外転,屈曲は4/5であった.他の肢に筋力低下や感覚症状はなった.Fasciculationや,腱反射低下はない.筋トーヌスは正常であった.
右小指球と骨間筋,前腕遠位部尺側の軽度萎縮を認めた(split hand sign).
右肘の受動的な屈曲で,前腕にしびれが走った.
歩行や協調運動などの他の所見は正常.
Question
- 病変の局在は?
- この時点での鑑別疾患は?
Section 2
手の筋力低下と限局性の萎縮があり,筋トーヌス異常や腱反射亢進がないことから,下位運動ニューロンの障害と考えられる.
萎縮筋は,C8・T1神経根,medial cord,尺骨神経で支配される.
肘屈曲時の感覚症状があることから,肘での圧迫性尺骨神経障害を鑑別する必要がある.肘屈曲誘発性のしびれがあるものの,感覚診察では異常がなかった.そのため,下位運動ニューロン障害を考慮する必要がある.
一側上肢の進行性下位運動ニューロン症候群を生じる鑑別疾患は広範におよぶ.
- 頚椎での障害:神経根症,頚椎症性筋委縮症(CSA),平山病,脊髄空洞症.
- 神経変性疾患:進行性筋萎縮症(PMA),筋萎縮性側索硬化症(ALS)など.
- 前角細胞への感染:HIV,ポリオウイルス,WestNileウイルス.
- 胸郭出口症候群.
- 特発性炎症:多相性運動ニューロパチー(MMN),腕神経叢炎(例:Personage Turner症候群)
- 圧迫性の尺骨神経,橈骨神経,正中神経の単麻痺.
- 中毒性ニューロパチー:鉛での亜急性の橈骨神経麻痺.
本例では,年齢と症状から,多くの疾患を容易に除外できる.
2年の経過で1~2筋節に限局して進行していることから,MMNらしくない.肘での痛みは腕神経叢炎らしくない.
臨床像から,圧迫性の単神経麻痺あるいは頚椎での障害が考えられる.
Question
- 本例で次に行うのでも最も適切なのは何か?
Section 3
上肢の神経伝導検査と筋電図を行った.
[神経伝導検査]
感覚神経伝導検査:右正中神経と尺骨神経でSNAPが正常であった.
運動神経伝導検査:右尺骨神経(ADM)でCMAP低下していたが,伝導速度は正常であった.肘での伝導遅延を認めなかった.
[針筋電図]
両側の上肢と頚椎傍脊柱筋で刺入時電位は正常であった.右FDIとextensor indicis proprious,extensor digitorum communisで,large MUPsと動因低下を認めた.
これらの所見は,右C7-8筋節での慢性の再神経支配を示唆する.右肘でTinel陽性であるが,尺骨神経麻痺の所見がなかった.
さらに,肘MRIは尺骨神経は正常であったが,内側側副靱帯の部分的な肥厚と断裂を認め,ピッチングの影響と思われた.この所見から,肘での痛みの原因は神経由来ではないと考え,C7-8レベルでの頚椎での障害と絞り込んだ.
本例C7-8に限局した筋力低下から,脊髄前角障害を想定した.片側の脊髄前角の障害,脱落の状態と考えた.脊髄前角細胞障害の鑑別.
- 2年間での限局性の進行性筋力低下は,急性虚血やウイルス感染とは合わない.
- SMA type3(Kugelberg-Welander病)は小児期から成人まで生じうるが,典型的にはより近位優位で下肢から始まる.
- 若いが,ALSを鑑別する必要がある.
- 平山病と頚椎症性筋委縮症も考慮する必要がある.
これらの疾患は,神経伝導検査で鑑別する.母指球筋と小指球筋はともにC8-T1で支配される.ALSと平山病は母指球と小指球に萎縮をきたす.しかし,頚椎症性筋萎縮症は,頸髄を障害し,ほぼ必ず肩外転筋力低下とarm drop sing陽性あるいは下垂手となる.尺骨神経と正中神経のCMAP比は平山病で低下し,ALSで上がり,頚椎症性筋委縮症では正常である.
[追加検査]
尺骨神経と正中神経のCMAP比は0.25と低下していた(正常:0.6~1.7)
頚椎の単純写真は,頚椎の前彎がなかったが,頸肋や頚椎症の所見はなかった.
頚椎MRIは椎間板ヘルニアは認めなかったが,下位頸髄で軽度の頸髄萎縮を認めた.
Question
1.MRIの結果は鑑別診断に影響するのか?
2.どのような追加検査が必要か?Section 4
頸髄の萎縮は神経の脱落を示唆する.頚部屈曲時のMRI画像を撮影した.頸髄はC5~7で軽度菲薄化していた.頚部屈曲により,頸髄の中~下部で背側硬膜が前方偏位し,明らかに脊髄が扁平化していた.
A:髄内の点状高信号域 B: 頸髄の萎縮 C:頸髄の中~下部で背側硬膜が前方偏位臨床経過と画像,電気生理学的結果から,平山病が最も考えられた.
Discussuin
平山病は1959年に平山らが初めて記載した疾患である.良性限局性筋萎縮症,monomelic amyotrophy,良性若年性上肢遠位筋萎縮症などの用語で記載されている.
発症年齢の平均は18歳で,13~33歳で発症する.男性優位である(10~18:1).発生率に地理的特徴がある.日本では1/30,000人で,西洋諸国ではMNDの3%を占める.
C7-T1筋節の限局性筋萎縮と筋力低下が潜在性に発症する.小指球萎縮(逆Split hand)や,腕撓骨筋が保たる前腕が萎縮(oblique amyotrophy)を呈する.寒さで筋力低下が悪化し,“cold paresis”と呼ばれる.
予後は通常良好であるが,5%未満で重度の障害が起きる.症状進行は通常2~5年続き,自然に安定化する.5年以上進行が続く症例があり,その多くは両側性である.
筋電図/神経伝導検査は,正確に局在を絞り込むことに必要である.尺骨・正中比は0.6未満に低下する.
MRIでの頚椎屈曲位画像が必須である.MRIで平山病を支持する所見は,頚椎の弯曲異常や下位頸髄でのT2高信号,屈曲位での硬膜接着不全と下位頸髄の圧迫と扁平化である.Boruahらは,造影時の背側硬膜外の三日月像(硬膜静脈叢のうっ滞を反映)が,両側性平山病の19例中全例でみられたと報告した.
本症の病態としては,posterior cervical dural sacの前方偏位による脊髄の圧迫と考えられる.硬膜の偏位は,思春期における頸髄と頚椎の成長の不均衡が原因と考えられる.背側静脈うっ滞が生じ,それにより脆弱な前角細胞が虚血となる.
治療としては,病状が安定するまで頚椎の屈曲を制限することである.頚椎カラーの装着などがあり,本例で推奨される.より重度の症例では,頚椎の関節固定術が考慮される.
論文を読んだ感想
右肘痛と尺骨神経支配筋の筋力低下の組み合わせを見ると,すぐに肘部管症候群と決めつけてしまいそうです.さらに,痛みやしびれなどの感覚症状がある場合は,平山病は鑑別からすぐに外してしまうと思います.
自分なら,おそらく非典型的な肘部管症候群として対処してしまうかも.あるいは,診断が遅れてしまうかも……
当たり前のことですが,非典型的あるいは矛盾するような所見があった時は,診断を急がずに立ち止まって一度考え直すことが重要ですね.
平山病のMRI画像について補足文献
NeurologyのTeaching neuroImagesに,平山病の画像が提示されています.”ACCEPTED”の文字が画像にかぶってしまい見にくいのですが,頚部屈曲時の下位頸髄の扁平化はよく分かります.
下記文献の症例は両側性の平山病のようです.平山病のうち10%は両側性の症状で,より重度の症例のようです.
個人的な備忘録
- 若年での上腕筋力低下を見たら平山病を鑑別に入れる.
- 尺骨神経と正中神経のCMAP比の低下は平山病を支持する所見.
- MRIでは髄内点状高信号,頚部屈曲時の背側硬膜の前方偏位と頸髄菲薄化の所見を確認する.