最終更新 2021年4月30日
前回に引き続いて,Bing-Neel症候群に関する論文をまとめます.
前回は概説,臨床像,疫学をまとめました.今回は,検査,診断に関してです.私が一番知りたかった部分です.非常に勉強になりました.
今回の文献
Guideline for the diagnosis, treatment and response criteria for Bing-Neel syndrome
Haematologica. 2017 Jan;102(1):43-51.
doi: 10.3324/haematol.2016.147728.
PMID: 27758817
How we manage Bing–Neel syndrome Br J Haematol. 2019 Nov;187(3):277-285.
doi: 10.1111/bjh.16167.
PMID: 31430829
Bing-Neel症候群の診断
組織学的検査
Bing-Neel症候群(BNS)診断のゴールデンスタンダードは脳や髄膜を生検して,リンパ形質細胞性リンパ腫を証明することである.
中枢神経系原発悪性リンパ腫以外にも,他の全身性リンパ腫(潜在性)も中枢神経病変を生じることがある.そのため,生検での鑑別が重要である.
生検は,ステロイド治療を行う前に行うべきである.
細胞診のみでBNSと診断することは推奨されない.フローサイトメトリーでの評価が必要である.
組織フローサイトメトリー
フローサイトメトリーでは,B細胞系のマーカーであるCD19, CD20,CD22,CD79a,CD79bを認める.多くの場合,CD27,CD52も認める.稀に,CD5,CD10,CD23が発現している症例もいる.単一な形質細胞があり,CD138とIgMが発現している.中枢神経で検出される形質細胞と,骨髄の腫瘍性リンパ形質細胞は同じprofileである.
リンパ形質細胞の分布に基づいた分類
中枢における腫瘍性リンパ形質細胞の分布に基づいて,Type A とType B と分ける分類がが提唱されている.
Type Aは,脳実質や髄膜,硬膜,髄液からリンパ形質細胞が証明される症例である.75%の症例でがtype Aに分類される.
Type Bは,髄液中のリンパ形質細胞がごく少量である(<5 個/mm^3).中枢神経への細胞浸潤よりもIgM沈着が症状の原因と考えられる症例である.しかし,M蛋白の沈着がBNSの原因かどうかは未だ証明されていない.
髄液検査
軟髄膜病変がある場合,髄液からリンパ形質細胞が検出されうる.髄液検査では,細胞数カウント,細胞分画,生化学検査,形態解析,フローサイトメトリー,分子検査を行い,腫瘍性B細胞を証明する感度を高める.
可能なら,占拠性病変の除外や,髄液採取後の非特異的な髄膜造影効果,閉塞性水頭症を除外のために,先にMRIを行うのが良い.
髄液一般検査
髄液所見では,初圧上昇,リンパ球増加,蛋白増加,髄液糖正常~低下などを認める.他のリンパ球性あるいは感染,炎症性機序でも,リンパ球増加を認めることが重要である.そのため,適切な鑑別が必要である.
髄液 細胞形態評価
形態学検査は標準的な検査であるが,感度が低い.
髄液フローサイトメトリー
フローサイトメトリーではB細胞マーカーや形質細胞マーカー,軽鎖(light chain restriction)を証明することで腫瘍性クローナリティを証明するのに役立つ.髄液中の細胞は急速に崩壊する可能性があるため,採取後は可能な限り早くフローサイトメトリー検査すべきである.細胞安定化因子(Transfixなど)は,細胞崩壊を抑制することで髄液中のB細胞クローン検出能を向上させる.髄液中のクローナルB細胞は,骨髄中の細胞と同じ免疫表現型を持つべきである.フローサイトメトリーは感度が高い方法であるため,髄液への血液コンタミに注意する必要がある.
蛋白電気泳動と免疫固定法
蛋白電気泳動と免疫固定法は,髄液中のM蛋白の検出と分類のために使用される.
BBBが障害されていない場合,髄液中IgM型M蛋白が骨髄中のリンパ形質細胞のlight chain restrictionと同じあるいは,血清M蛋白と同じである場合は,軟髄膜にリンパ形質細胞があることを示す.
しかし,BBBの透過性が亢進している場合,血清IgM蛋白は血液から髄液へ浸潤する.そのため,中枢神経でのリンパ形質細胞の存在を反映しない可能性がある.
現在のところ,蛋白電気泳動と免疫固定法の診断有用性についてはまだ十分に分かっていない.
検査する際は血液がコンタミしないように注意する.
生検あるいは髄液での分子学的検査
免疫グロブリン遺伝子再構成解析
94%で免疫グロブリン重鎖の再構成を認める.中枢神経領域でのリンパ形質細胞と骨髄の細胞で,免疫グロブリン(重鎖・軽鎖)の遺伝子再構成が同一の結果であればBNSを強く示唆される.
MYD88 L265P 変異
アレル特異的PCR(AS-PCR)などの,高感度の方法を用いた場合,Waldenströmマクログロブリン血症(Waldenström macroglobulinaemi:WMの93~97%でMYD88(L265P)変異を認める.高感度のリアルタイム定量PCT(qPCR)を用いることで,髄液中や生検組織でのMYD88(L265P)変異を検出することでができる.qPCRは非常に高感度であるため,血液コンタミに注意する必要がある.
MYD88(L265P)変異はBNS以外の疾患でも検出されることがある.
中枢神経系原発悪性リンパ腫や精巣リンパ腫でもMYD88(L265P)変異の頻度が高いと報告されている.稀に中枢病変を生じうる慢性リンパ性白血病や辺縁帯リンパ腫,low-gradeリンパ浸潤性疾患でもMYD88(L265P)変異を生じるとされる.
CXCR4変異
WMの約30~40%でCXCL4変異を有している.
CXCR4変異の検査としてSanger sequencingがよく用いられるが,PCR検査と比べると感度が低く,偽陰性の問題もある.PCR検査や,Next generation sequencing検査の発達により,BNSでの髄液中のCXCR4検出制制度が向上すると考えられる.
画像検査
MRIでは,FLAIR画像やT1強調画像などを,造影・非造影で行うべきである.しかし最適な画像プロトコールは確立していない.
脳・脊髄MRIで異常所見がなくてもBNSを除外するべきではない.また,組織形の鑑別は困難であり,髄液検査や組織生検が必要である.
BNSの80%で脳や脊髄に異常所見を認める.最も多いMRI異常所見としては,軟髄膜の造影効果であり,BNSの80%で認められる.20%ほどで脳の占拠性病変を認める.
BNSの画像上の種類
BNSでは中枢病変について2つのカテゴリーがあると提唱されている.1つはびまん性タイプ,もう1つは腫瘍性タイプである.
びまん性タイプ(Diffuse type)
脳の軟髄膜や血管周囲空にリンパ球浸潤を認めるタイプである.通常,造影効果や髄膜の肥厚を認める.
腫瘍性タイプ(Tumoral form)
単発あるいは多発の病変を生じる.通常,大脳深部白質領域に生じる.T2強調画像やFLAIRで脳実質の高信号を認める.
血管性浮腫でも同様の所見を呈する.DWI拡散強調画像では 高信号を,ADC画像では等信号を認め, 血管性浮腫が示唆される.この所見は腫瘍が血管周囲腔に浸潤し,BBBを障害していることが示唆される.
一方で,過粘稠度症候群(HVS)で出現しうる脳梗塞では,拡散障害を生じる.BNSとHSVの鑑別するのに役立つ.
その他のタイプ
脳神経や脊髄神経に異常な造影効果を認める場合や,馬尾の肥厚造影効果を認めることがある.
血液検査
BNSは主にWMと併存することで診断される.そのため,血液検査では,血算,血液粘稠度,血清免疫電気泳動,血清免疫固定法,IgM,IgG,IgAの定量評価,β2ミクログロブリン,クリオグロブリンなどを含めた検査を行う.
もし WM が存在する場合,診断時にIPSS-WMスコアを評価することで,全身性疾患のリスクの評価を行うことに役立つ.しかしIPSS-WMスコアはBNSの予後マーカーではない点に留意する.
眼球評価
WMでは,稀に眼球の異常が出現すると報告されている.また,過粘稠度症候群では網膜の変化を生じ得る.
眼症状がある場合は,眼科的評価を行う必要がある.
論文を読んだ感想
まだまだ知らない知識が多いなと痛感しました.日常診療で感じるのですが,全く知っているのと,少し知っているのとでは大違いです.少し知っていれば鑑別に挙げて考えることもできますが,全く知らないとそもそも鑑別にすら挙げられません.良い学習になりました.
Bing-Neel症候群に限らず,本当に中枢神経系のリンパ増殖性疾患は難しいです.適切に組織学的検査を行うのが最も重要なのでしょう.疑い,見極める力を是非養いたいです.
今後,疑わしい症例がいたら,今回の備忘録を活用したいと思います.