半年ぶりの更新でしょうか…久しく更新をサボっておりました.
日々多忙です.仕事の合間で論文を読んでいるのですが,なかなかアウトプットできません.短い内容でもできるだけ書き残そうと思います.
さて,今回もおなじみのNeurology のClinical reasoningです.胸腺腫は神経内科と馴染みが深い病気です.ですが,このような症例があるのは知りませんでした.
最終更新 2022年10月16日
目次
今回の論文
Clinical Reasoning: A 59-Year-Old Man With Thymoma and Constitutional Symptoms, Seizures, and Multifocal CNS Lesions
Neurology. 2022 Sep 30;10.1212/WNL.0000000000201381.
doi: 10.1212/WNL.0000000000201381.
PMID: 36180243
以下,論文より引用
症例
Session 1
59歳男性
胸腺腫の術後に全身の強直間代痙攣があり,抗てんかん薬を開始.性格変化はあったが,認知機能障害はなし.代謝異常や頭部MRIは異常なし.CTでは胸腺腫再発なし.
その2年後,全身性強直間代痙攣があり,他の全身症状(倦怠感,体重減少,食思不振)もみられた.
さらに認知機能障害(名前を思い出せない)や易怒性がみられ,受診.
熱はなく,神経診察は正常.
頭部MRI T2/FLAIRで皮質の多発高信号が見られたが,造影効果や拡散障害はみられなかった.
Question
1.鑑別診断は?
2.MRIで鑑別診断をどのように考える?
3.次に行う検査は?
Section2
鑑別診断は?
本例の診察所見や画像所見から考えうる鑑別診断は多岐にわたる.
- 腺腫術後→傍腫瘍症候群や腫瘍進行などの可能性を考える.
- 脱髄疾患(MSやNMO,MOGAD):鑑別の上位になる (だが,臨床像や画像所見はMSに比典型的である.
- 胸腺腫→低ガンマグロブリン血症(Good症候群)→日和見感染
- 自己免疫性疾患
MRIで鑑別をどのように考える?
- 脳卒中や転移は可能性が低い.
- 熱や全身感染症状がない→感染症らしくない.だが,特定の感染症(PML)は考慮すべきである.
- 自己免疫性疾患(SLEやシェーグレン症候群)の可能性はある (典型的には他の全身症状/所見を伴う).
次に行う検査は?
- 脊髄MRIと体幹部CT :異常なし.
- 全身PET検査:11mmの甲状腺結節を認めたが,生検では良性であった.
- 髄液検査:炎症所見を認めず.感染や炎症,自己免疫の検査は陰性.
- 血清検査追加:striational抗体が陽性(1:15360),抗アセチルコリン受容体結合抗体が陽性(1.93 nmol/L),抗アセチルコリン受容体modulating antibodiesが陽性(33% inhibition)であった.筋接合部関連症状はなかった.他の自己抗体は陰性.
- 脳生検:反応性グリオーシスのみで診断には結びつかなかった.
検査後,デキサメサゾン4mg/日が開始し,症状が改善した.
Question
1.診断は?
2.この状況において,striational, AChR binding, AChR modulating抗体はどのような意義があるか?
Section3
診断は? triational, AChR binding, AChR modulating抗体はどのような意義があるか?
Striational, AChR binding and modulating抗体は筋接合部疾患と関連するが,中枢神経障害とは関連しない.これらの抗体の存在は,自己免疫寛容が障害されていることを示唆する.本症例はMGなどの神経筋接合部疾患の症状がなく,抗体は病因ではない.
自己免疫性脳炎に関連する抗体は血清,髄液とも陰性であったが,自己免疫性脳炎の診断はそれらが陰性でも診断しうる.
本例はデキサメサゾン投与3週後の脳MRIで,T2/FLAIR高信号病変が悪化していた.髄液検査では,IbGインデックスやオリゴクローナルバンドは正常範囲内で,自己抗体は髄液,血清とも陰性であった.
臨床所見から,甲状腺関連傍腫瘍性脳炎(thymoma-associated paraneoplastic encephalitis (TAPE))と診断された.
ステロイドパルス療法と血漿交換を行い,臨床症状は著明に改善した.長期の免疫抑制薬が開始され,4ヶ月後には認知機能症状と痙攣は完全寛解した.頭部MRIの再検では,T2/FLAIR高信号病変は完全に消失していた.
Discussion
甲状腺関連傍腫瘍性脳炎について
- 疫学:頻度は稀.最近の43例のcase seriesでは,中央年齢は52歳で,軽度の女性有意60%であった.
- 脳炎と胸腺腫の時間関係:37%で胸腺腫が脳炎診断に先行する.
- 症状:様々な臨床症状を呈する.脳炎や末梢神経か興奮性(CASPAR 2 predominant)や,辺縁系脳炎,進行性脳脊髄炎,固縮,ミオクローヌス(グリシン受容体抗体)などがある.
- 自己抗体:AchR抗体はTAPEで高頻度にみられるが,必ずしも病態とは関連しない.自己免疫性脳炎と関わる神経表面抗原(NMDAR, AMPAR, LGI1, CASPAR2, GABA A/B R)はよくTAPEと関わるが,診断の際に必ず陽性である必要はない.CRMP5, GAD-65, ANNA-1などの細胞内抗体も検出しうる.GABA A受容体抗体が最も高頻度で検出される.多くのGABA A R抗体陽性例は痙攣や認知機能低下,行動異常を呈する.
胸腺の機能障害で複数の自己抗体が検出されうる.複数の抗神経抗体が検出される際に,潜在的な胸腺腫や癌のスクリーニングが強く推奨される. - 画像所見:MRIでの多発T2高信号病変(最多).MRIで異常がないTAPEもあるとされる.
- 脳生検での病理所見:時に脳生検が行われる.非特異的なリンパ球浸潤や形質細胞の浸潤を呈する.
- 鑑別疾患:感染,転移,原発性脳腫瘍など.
TAPEを疑った場合全身の癌検索(CT, PET-CT),髄液検査と自己抗体検査(血清と髄液)を遅滞なく行う. - 治療:免疫治療(高用量メチルプレドニゾロン,IVIg,血漿交換など).腫瘍切除.
- 予後:胸腺腫の治療や,免疫治療の開始で,大部分の症例は良好な機能予後をたどる.迅速な治療開始が生命予後や機能予後,認知機能予後と関連する.
補足
本例で行われた自己抗体の抗原とその臨床像の一覧を抜粋致します.
論文を読んだ感想
甲状腺関連傍腫瘍性脳炎について初めて知りました.
症状,所見,画像検査とも多彩であり,非感染性の脳炎の場合は必ず鑑別に挙げなければと感じました.特に,本例は胸腺腫術後で発症しており,術後だから除外はできないのだなと思いました.注意しようと思います.
現時点で抗体は見られないことが多いのでしょうが,何らかの抗体は関与しているのでしょうか.もし抗甲状腺抗体が良いせいであった場合,橋本脳症との鑑別はしうるのでしょうか…? 今後のバイオマーカーの発見が待たれます.
まだまだ知らない疾患が多いですね.これからも勉強です.
まとめ
胸腺腫では自己免疫疾患を生じ,稀だが甲状腺関連傍腫瘍性脳炎を生じる.
症状,所見,検査結果は多様である.
頭部MRIでは正常のことも多発病変のこともある.
自己抗体が陰性でも否定はできない.
治療反応性が良いので迅速な診断と治療開始を行う.